成人を問う|9月20日のことです

成人を問う

子路、成人を問う。子曰わく、‥‥利を見て義を思い、危きを見ては命を授け、久要、平生の言を忘れざる、亦以て成人と為すべし。(憲門第十四)

しろ、せいじんをとう。しのたまわく、…りをみてはぎをおもい、あやうきをみてはめいをさずけ、きゅうよう、へいせいのげんをわすれざる、またもってせいじんとなすべし。(けんもんだいじゅうよん)

【訳】
子路が成人について尋ねた。
先師が言われた。
「…利益を得るにあたっては道義を思い、君国の危険を前にしては一命を賭けてあたり、古い約束や普段の軽い言葉であって忘れなければ、成人と言えるだろう」

9月20日、今日の論語一日一言です。

成人とは”完成された人格者”と論語コンプリートにあります。

若い頃に自分とした約束。それはやはり夢のことでしょうか。

言葉が変われば重みが違うますね。

人格者になるというのは簡単なことではありませんね。

もやもやとした嫌な自分はなくしたいなぁと思います。

ひがみやっかみそんな自分がいるんですね。

そこにしっかりと気づいていきたいと思います。

今日も一日がんばります。