子は釣すれども綱せず、弋(よく)すれども宿も射ず。(述而)|5月5日

子は釣すれども綱せず、弋(よく)すれども宿も射ず。(述而)

子、釣而不綱。弋不射宿。

「先生は、魚釣りはされるが、はえなわは使われない。いぐるみで鳥を捕らえるが、ねぐらの鳥を射ることはなさらない」
”綱(こう)”とは延縄(はえなわ)を使って一度に多くの魚をとること。
”弋(よく)”とはいぐるみのこと、矢に糸をつけて、命中するとからみつくようにしたもの。
孔子は、食糧補給のために、あるいはスポーツとしての漁猟をすることはあったが、そのときでも、特別の気配りをしていた。こんなところが聖人といわれるゆえんであろう。

5月5日、論語一日一話(孔子に学ぶ人生の知恵365)の言葉です。

おはようございます。

当時としてはこんなことをする人はいなかったんでしょうね。

自分や家族が食べるための最低限の量でよかったようです。

孔子様はいまなら動物を食べたりしなかったかもしれませんね。

今の大量消費と廃棄される食糧をみたらどう思うんでしょうか。

今日も一日がんばります。