父母に事うるには幾諫(きかん)す。志の従わざるを見ては、又敬して違わず、労して怨まず。(里仁)|3月4日

父母に事うるには幾諫(きかん)す。志の従わざるを見ては、又敬して違わず、労して怨まず。(里仁)

事父母幾諫。見志不從。又敬不違。勞而不怨。

「父母に仕えていて、万一、父母のまちがいがあったときはおだやかに諫めるがよい。かりに聞き入れなくても、あくまで敬意を表し、逆らってはならない。親のことを心配はしても、決して怨みには思わないことである」
”幾諫”の幾は”ようやく”と訓じ、自然に、あるいは、やわらかに、という意味である。
”労”はふつうは、親のために苦労する、と解釈している。ここでは、清の王引之(おういんし)の説に従って、”憂”と同じ意味にとった。

3月4日、論語一日一話(孔子に学ぶ人生の知恵365)の言葉です。

おはよございます。

本日最後のことばですね~。

この言葉は自分への戒めにはぴったりの言葉です。

すべてあてはまりますね。

心配はしても怨みに思うな。

心配はしても怨みに思うな。

念仏のように唱えなければいけません。

今日も一日がんばります。