何をか憂え、何をか懼れん
子曰わく、内に省みて疚しからざれば、夫れ何をか憂え、何をか懼れん。(顔淵第十二)
しのたまわく、うちにかえりみてやましからざれば、それなにをかうれえ、なにをかおそれん。(がんえんだいじゅうに)
【訳】
先師が言われた。
「自分を省みてないも疚しいところもなければ、いったい何を心配し、何を恐れることがあろうか」
昨日の続きの一節です。
7月24日、今日の論語一日一言です。
”心にやましいことがなくなれば、心配も恐れもなくなる”論語コンプリートにあります。
疚しいことがないのはとてもいいことだとは思います。
しかし、逆に自分は正しいと思わないことも大切な気がします。
仁であることはくよくよ悩まないことは当然ですが思いやりの心です。
バランスをうまくとっていきたいと思いました。
今日も一日がんばります。