甯武子(ねいぶし)、邦に道あらば則ち知、邦に道無ければ則ち愚。其の知には及ぶ可(べ)きなり。(公冶長)|3月24日

甯武子(ねいぶし)、邦に道あらば則ち知、邦に道無ければ則ち愚。其の知には及ぶ可(べ)きなり。(公冶長)

甯武子。邦有道則知。邦無道則愚。其知可及也。(其愚不可及也。)

「甯武子は、国がよく治まっていた時代には、知者として活躍した。だが、国が乱れた時代には、才能をかくして愚者のようにふるまった。知者としてふるまうことはやさしい。(だが、愚かなふりをするのは容易ではない)」
甯武子は、衛の国の大夫、衛の文公の時代には、国がよく治まっていたのでかれも活躍していた。ところが次の成公が無茶な政治を行なって国が乱れたときには、政治の表に立たず、愚かなふりをしていた。かっこ内は、”其の愚には及ぶ可からざるなり”と訓ずる。

3月24日、論語一日一話(孔子に学ぶ人生の知恵365)の言葉です。

おはようございます。

やっぱり痛みにはロキソニンなんでしょうかね~。

この時代の中国は一筋縄ではいきませんからそういう選択も必要だったんでしょうね。

君主が変わることによって大きく態勢が変わるということはあります。

愚者のように振る舞うことは実際難しいことかもしれません。

こいつはダメだと相手に思わせる。

ちょっと嫌ですね。

今日も一日がんばります。