子曰わく、賢なるかな回や。一簟の食、一瓢の飲、陋巷に在り。人は其の憂に堪えず、回や其の楽しみを改めず、賢なるかな回や。
しのたまわく、けんなるかなかいや。いったんのし、いっぴょうのいん。とうこうにあり。そのひとのうれいにたえず、かいやそのたのしみをあらためず。けんなるかなかいや。(ようやだいろく)
【訳】
先師が言われた。
「顔回はなんと立派な人物だろう。一膳の飯と一椀の汁物しかない貧しい長屋暮らしをしておれば、たいていの人は、その苦しみに堪えられないものだが、回はそんな苦境にあっても楽しんで道を行って変わることがない。なんと立派な自分だなあ回は」
4月4日、今日の論語一日一言の言葉です。
顔淵という人はよほどの人物だったんでしょうね。
惜しまれる人というのはなんだか早く死ぬような気がするのは気のせいでしょうか。
今日もどこかで若くして亡くなる人がいると思うと自分は幸せだと感じます。
どんな状況になっても正しさを忘れず、思いやりをもって生きることが大切。
常にこのことを気にかけなければいけません。
今、自分の出来ることまっすぐやるしかないですね。
今日も一日がんばります。