甚だしきかな、吾が衰えたるや。久しいかな、吾復た夢に周公を見ず。(述而)
甚矣、吾衰也。久矣、吾不復夢見周公。
「わたしもすっかり気力が衰えてしまったものだ。ずいぶん長い間たったよ、周公の夢を見なくなってから」
体力、気力ともの衰えた晩年の嘆きの言葉である。
周公は、名を旦という。周の文王の子で武王の弟にあたり、内政、外交に腕をふるい、周王朝の基礎を固めた大政治家であった。その功で魯に封ぜられ、魯国の始祖でもある。魯国出身の孔子は、この周公を理想の人として仰ぎ、しばしば夢にまで見ていたのである。
4月25日、論語一日一話(孔子に学ぶ人生の知恵365)の言葉です。
おはようございます。
周公とはどんな人だったんでしょうか。
孔子様はしばしば周公を論語の中にも登場させます。
強く思うと夢にまで出てくるということでしょうね。
それが出てこなくなって寂しい気持ちになったんでしょうか。
魯という国も大好きで最後は戻ってくるのですから故郷への愛も深かったんでしょうね。
今日も一日がんばります。