子の燕居、申々(しんしん)如たり、夭々(ようよう)如たり。(述而)|4月24日

子の燕居、申々(しんしん)如たり、夭々(ようよう)如たり。(述而)

子之燕居、申申如也、夭夭如也。

「孔子が自宅でくつろいでおられたときは、まことのびのびとしていて、にこやかに楽しそうであった」
”燕居”とは、朝廷から帰ってきて家にいるという意味。燕は宴に通じる。
この章は、私生活の孔子のようすを説明したものである。
”申々如”とはのびやかなありさま、”夭々如”とはにこやかな笑みを浮かべている人の形容。桃の花など美しさを描写するときにも”夭々”という。

4月24日、孫子・呉子一日一言(孔子に学ぶ人生の知恵365)の言葉です。

おはようございます。

家にいるときは穏やかだった。

家族と仲良くしていたのでしょうね。

今はお父さんが家にいて在宅ワークをしている。

実際どうなんでしょうか。

会社にいくことが日課になっている人にとっては辛いことだと思います。

しかし、これも時代の流れなのでしょう。

笑顔を忘れずにがんばりたいものです。

今日も一日がんばります。