仰げば彌高く|6月15日のことです。

仰げば彌高く

既に吾が才を竭くせり(すでにわがさいをつくせり)。立つ所有りて卓爾たるが如し(たつところありてたくじたるがごとし)。之に従わんと欲すと雖も(これにしたがわんとほっすといえども)、由末きのみ(よしなきのみ)。(子罕第九)

【訳】
「自分の才能のあらん限りを尽くしてみても、先生は自ら立つ所があって聳え立っているようだ。先生の後に従っていこうと思っても、どうも手立てがない」

6月15日の今日の論語一日一話です。

”いくら学んでも先生には及ばない(先には先がある楽しみ)”と論語コンプリートにあります。

ここまでの思いを抱かせる孔子様の魅力はどんなものだったんでしょうね。

追いつこう追いつこうとがんばってみてもその先をいく、とてもすごい師弟の間を感じますね。

お互いが自分を律し、尊敬しあうような。

そうだからこそ”天われを喪ほろぼせり”というような言葉が孔子様から聞かれるのでしょうね、。

今日も一日がんばります。