亡びなん。命(めい)なるかな。
斯の人にして斯の疾(やまい)有るや。斯の人にして斯の疾(やまい)有るや。(雍也)
亡之。命矣夫。斯人也而有斯疾也。斯人也而有斯疾也。
「もう助かるまい。これも天命というものだ。こんなりっぱな人がこんな病にかかるとは。こんなりっぱな人がこんなやまいにかかるとは」
門人の伯牛(はくぎゅう)が不治の病気にかかったとき、見舞いに行った孔子が、窓ごしに手を握って別れを惜しんだときのことば。
”亡之”は”これ亡からん”と訓んで、”こんな病気にかかる道理がないのに!!”と解釈することもできる。
伯牛は姓は、冉、名は耕。徳の高い弟子だった。
4月4日、論語一日一話(孔子に学ぶ人生の知恵365)の言葉です。
おはようございます。
なんとも悲しい言葉です。
志村けんさんを思い出してしまいます。
こんな病気にかかる道理がない。
まさしくこの言葉があてはまります。
2回言うところが悲しい。
しかし、人の命には限りがあります。いつどこでどうなってもおかしくはない。
明日があるなんてだれも決まっていないものです。今日を精一杯生きる努力をしなければ。
今日も一日がんばります。