11月23日、今日の論語一日一言です。
伯夷・叔斉は首陽の下に餓う。民今に到るまで之を称す。其れ斯を之れ謂うか。(季氏第十六)
はくい・しゅくせいはしゅようのもとにうう。たみいまにいたるまでしょうす。それこれをこれにいうか。(きしだいじゅうろく)
【訳】
「伯夷と叔斉の兄弟は、周を逃れて首陽山の麓におり、わらべを食べ、餓えて遂に死んだが、民は今に至るまでこの兄弟を褒め称えている。この詩はこのことを言ったのであろうか」
”人が長く賞讃するのは富ではなく徳である”と論語コンプリートにあります。
前日の続きですね。
飢えて死んだとしても義を貫いた伯夷と叔斉は徳の人物であり、こういった人は後世に伝えられていくんですね。
兄が弟を思い、弟が兄を思う兄弟愛は徳のある行為ということです。
徳を積むは思いやりのある人柄になるということなのでしょうね。
どうしても人間は自分勝手に物事を考えてしまいますからね。
自分が死ぬときに恨まれて死ぬのはいやですね。
明日も一日がんばります。