2月19日、今日の論語一日一言です。
子曰わく、富と貴とは、是れ人の欲する所なり。其の道を以て之を得ざれば、処らざるなり。貧と賤とは、是れ人の悪む所なり。其の道を以て之を得ざれば、去らざるなり。(里仁第四)
しのたまわく、とみとたっときとは、これひとのほっするところなり。そのみちをもってこれをえざれば、おらざるなり。まずしきといやしきとは、これひとのにくむところなり。そのみちをもってこれをえざれば、さらざるなり。(りじんだいよん)
【訳】
先師が言われた。
「人は裕福になり高い地位に登りたいと願うものだ。しかし正しい人の道によって得なければ、それに満足しない。貧しくなりたくないし低い地位におりたくないものだ。しかし正しい人の道によることがなければ、それから逃れようと焦らない」
”正しければ貧しくても気にすることはない”と論語コンプリートにあります。
お金と地位が目的であってはいけないということは歴史が証明しています。
なぜ、お金や地位が目的であってはいけないのでしょうか。
お金というものは性質上、留まるものではない世の中の血液のようなものです。
無理に留めようとすると死んでしまう。
地位というのも周りが認めるものであって自分が決めるものではない。
そんな性質のものをそもそも目的としても仕方ありませんね。
なんか自分で納得してしまいましたが
今日も一日がんばります。